警察学校での実体験をもとにお送りする【実録警察学校】の第6話です。
第5話は下記のリンクからご覧ください。
警察学校2日目の生活を終え、警察学校が”どんな場所なのか”ということが段々とわかってきました。
まだまだ生活には慣れていないものの、大変なところに来てしまったと気付き始めます。
初日、2日目と数え切れないほど教官から怒られましたが、これはほんの序章に過ぎませんでした。
「警察学校は不適格者を辞めさせるところ」と聞かされましたが、これはあながち間違いではありません。
いつものように織田が遅れ…
警察学校3日目の朝がやってきた。
この日も前日と同じく、午前6時30分のチャイムが鳴った瞬間、若い教官たちが各部屋に押し寄せてきた。
「急げ!!チンタラするな!!」
急がなければいけないのはわかっているのだが、怒鳴られるとついつい焦ってしまう。
というよりも寝起きで怒鳴られることに慣れていないので、普通にびっくりするし、朝からプレッシャーが半端じゃない。
以前説明した通り、寝起きの行動としてはジャージに着替える+布団を畳むことである。
唯一付け加えるとすれば、換気のために自室の窓を開けるくらい。
なので、要領よく行動しようと思えば、起きてすぐに窓を開ける→着替える→布団をたたむと順序を決めておけばよい。
この順序は決められているわけではなく、別に自分のやりやすい順序で問題ない。
特別難しいことはないし、手際よく行えばそんなに時間がかかるものでもない。
だが、毎度クラスに迷惑をかける織田は恐らくこのように要領よく行動できていない。
着替えて布団をたたむところまではよかったものの、「窓開けてくるの忘れた…」と言ってまた自室に戻った。
グラウンドには警察学校に入校しているすべての初任科生が集まっているが、2日目に続いて3日目も自分たちののクラスが一番遅かった。
その様子を見た斎藤教官は「先輩たちを待たせるなんてすごい度胸だな!いい加減にしろよ!」と怒った。
これは理不尽でもなんでもない。
警察という組織はとにかく上下関係が厳しく、後輩が先輩を待たせるなんてことはあってはならない。
織田の名誉のために言っておくが、決して織田だけがマイペースなわけではない。
他の部屋で後れをとる者はいたが、特に織田だけが目立っていただけの話である。
残念なことに織田は悪い面ばかりが目立ってしまう。
織田は私より若かったし、私からすると憎めないキャラだった。
しかし、集団行動についてこれない者はクラスから標的とされる。
特に全員がピリピリしている最初の時期はそれが顕著だ。
織田は若かったこともあり、ことあるごとに周りから責められていた。
しかし、警察学校は周りについていけない者は淘汰される世界だし、仲良しクラブでもないからこれが普通と言える。
クラスに必ず数人はこういった存在がいるが、それをカバーするほどの余裕はなかなか持ち合わせていない。
朝の点呼を終え、体操、ランニングと朝のメニューをこなし、ホームルームの時間となった。
斎藤教官ははっきり言った。
「お前たちの中で行動が遅い奴がいるよな。そんなやつに誰も何も言わないの?おかしいよな?お前ら仲良くみんなで卒業するつもりか?」
あえて名前は言わなかったのだろうが、斎藤教官はきっと織田のことを指していたのだと思う。
なぜ斎藤教官が細かいところまで知っているのかというと、斎藤教官は逐一、寮を巡回している若い教官から報告を受けているからだ。
そう、寮で私たちのことを見ているのは主に若い教官たちで、担任の斎藤教官が寮まで来ることはあまりない。
だから、たとえ寮でもなにかミスがあればすぐに斎藤教官に報告される仕組みとなっているのだ。
つまり、実質的には”常に斎藤教官に見られている”状況なのである。
斎藤教官が言いたかったのは「集団行動についてこれないやつなんて追い込め」ということだったに違いない。
正直、私は”そこまでしなければいけないのか”と思った。
まだ入校3日目なので、誰もが戸惑いを持ちながら生活をしている。
私だっていつクラスについていけなくなるかわからないし、追い込まれることになるかわからない。
斎藤教官の言いたいこともわかるが、あまりにも厳しすぎるのではないかと感じた。
だが、警察学校には意識の高い者だってたくさんいる。
斎藤教官の言うことを愚直に守ろうとする者だっている。
この斎藤教官の発言を境に織田が追い込まれることになるとはまだ知る由もなかった。
警察体操の練習から始まった
早朝に警察体操とランニングを行うことは既に説明したが、警察体操はラジオ体操とは違うので、その動きを1つ1つ覚えなければいけない。
当然わずか3日程度で覚えられるはずもないので、このとき私たちは先輩たちの動きを見て、見よう見真似で警察体操をしていたのである。
警察体操は警察学校の基本中の基本であるため、初任科生はすぐに覚えなければいけない。
警察学校の基本というよりも警察官としての基本になるので、体に叩き込む必要がある。
警察体操は毎朝必ず行うものなので早期に習得する必要があるし、なんなら警察署の勤務でも毎朝行っている。
警察学校で覚える警察体操はその後警察官を続ける限りは永遠に使っていくものになる。
お叱りを受けたホームルーム後、武道場に集合することとなった。(武道場とは体育館とはまた別の場所で、主に柔道や剣道の授業を行う場所)
理由は”警察体操の練習を行う”とのことだった。
このときは若い教官が前に立って警察体操の動きを説明してくれる形式だったが、もちろん周りには多数の教官が私たちを囲んでいる。
夜の教練の練習と同様、動きについてこれない者はターゲットにされる。
こういう場での教官たちの目は本当に鋭いし、拡声器を手にしている教官だっている。
一人が叱られれば全体がより緊張感を持つことになるので、教官はとにかく”獲物”を探している。
私たちは前に立って説明してくれる教官の動きを見ながら実践するが、ぎこちない動きしかできない。
警察体操も教練と同じように体の使い方や腕の角度が細かく決まっており、警察学校では厳密にやっていく必要がある。(警察署でやる警察体操は大体で大丈夫)
さらに練習とはいえ、「1、2、3、4」などと大きな声を出しながらやらなければいけない。
機敏な動き+大きな声を出しながらの練習であり、とにかく元気の良さが求められる。
そうは言っても動きはぎこちないし、大きな声を出すこともまだ慣れていない。
そんな中で、斎藤教官はどうやら織田が目についたらしい。
斎藤教官は織田に「てめぇやる気ねぇな?もう出てけ!」と織田の腕を引っ張り、強制的に武道場の入り口まで連行した。
そのほか2名の者が斎藤教官に連行され、警察体操の練習から除外された。
武道場の入り口では除外された者たちが「すいませんでした!もう1度やらせてください!」と大きな声で謝っていたが、斎藤教官はこれを受け入れなかった。
このようにクラスで行動しているときにあえて何人かを除外するのが警察学校流の追い込みの一種である。
除外された者は精神的に参るし、みんなの前で恥ずかしい思いもする。
クラスに戻るためには大きな声で謝罪もしなければいけない。
そして、その様子を見ている方からすれば「除外されたくない」「次は自分が…」と恐怖心を持ち、必然的に気合を入れ直す。
ある意味、全体が引き締まるのだが、当事者はたまったもんじゃない。
とにかく緊張感のある練習だったが、なんとなく一連の動きを覚えたところで終わった。
警察体操はラジオ体操と似て非なるものなので、その順番から動きまでを覚えるのは1日では足りない。
改めて思ったが、警察学校は残酷な場所だ。
今までの人生では経験したことがないことの連続だし、本当に一から気持ちを作っていかなければいけない。
日常生活とは異次元の世界であることは認識しておく必要があるだろう。
ついに警察官の制服に袖を通す
昼食を終え、午後からは体育館に集合とのことだった。
ここで行われたのは制服の支給だった。
ついに憧れだった警察官の制服に袖を通すときが来たのである。
体育館には制服や装備品がずらりと並べられており、その景色には圧倒された。
もちろんその場には多数の教官が仁王立ちしているので、雰囲気は厳格のままだ。
教官から一通り制服の着用方法の説明を受け、実際にその場で着ることとなった。
左胸には新品の巡査の階級章が光り輝いている。
私は会社員をやっていたときに警察官に憧れを持ち、わざわざ無職を経験してまで警察官を目指した。
思えば会社員を辞めてから8か月以上が経っていた。
本当にこのときは心の底から嬉しかったし、制服に初めて袖を通したときの感動は今でもしっかりと覚えている。
警察学校の幹部からは「見た目はこれで警察官になった。あとは中身も警察官にならなければいけない」と言葉をもらった。
確かに言われた通りだ。
まだ警察官としては見た目だけ。
ただ、3日目にしてようやく警察官になったような気分がした。
ここまで叱られるばかりで精神的なダメージも相当なものがあったが、1つ気持ちが上向く場面だったと思う。
そして、制服の支給後は教科書や参考書の配布が行われた。
ここでまた1人、厄介な教官が私たちの前に現れた。
その名は石田教官(仮名)。
見た目からして怖い教官だった。
教科書や参考書は机の上に無造作に置かれている状況で、石田教官は「各自1冊ずつ持ってけ」とだけ指示をした。
これを聞いて私たちは置かれている本を1冊ずつ手にとっていったのだが、石田教官が雷を落とした。
「お前らあほか。そんな時間ねえんだよ。効率のいいやり方考えろよ!」
教科書や参考書は1人分で10冊以上はあるから、順番にただ手にとっていくだけではすごく時間がかかる。
さらに無造作に置かれているだけなので、取り間違いが起きてしまう可能性もある。
どうやらこれを短時間で終わらせるようにクラスで工夫しろとのことだった。
なので、私たちは無造作に置かれている教科書を種類ごとに並べ直し、その状態から手にとるようにした。
これでなんとか全員分を終わらせたが、石田教官は「ちょっとは考えろよ。大丈夫かお前ら」と不満そうに言い残して立ち去った。
「この教官は面倒くさそうだな…」。
その場にいた誰もがこう感じたことだろう。
織田が弱音を吐き始める…
警察学校に入校して3日目、この日は金曜日だった。
気付けば週末で、翌日からは土日である。
最初の3週間は自宅に帰ることができないことは知っていたので、警察学校に残ることはわかっていた。
それと同時に土日は休みだと聞いていたので、「明日はもしかしたらゆっくりできるのかも」と密かに淡い期待を寄せていた。
なにせここまで気の休まる場面が1つもなく、布団に入っていても怒号が響く生活環境だったので、そろそろ休息があってもいいのではないかと感じていた。
この日の夕方、すべての予定を終えて再度教場に集まるよう指示を受けた。
斎藤教官の口からは恐ろしい予告がされ、私の淡い期待は軽く吹き飛ばされた。
「てめえらに休みはないぞ。土日も徹底的にやるから覚悟しとけ。辞めたいと思ってるやつは今のうちに荷物の準備しとけよ」
どうやら土日も変わらずしごきを受けるとのことだった。
少しくらいゆっくりできるかと思っていたが、変わらず朝6時半に起きるよう指示を受けた。
多くの同期も淡い期待を寄せていたものだが、ここで一度がっくりと気持ちは落ち込む。
ただ、言われた通りにするしかないし、何も言い返す言葉はない。
少しどんよりした気持ちだったが、教場で話を聞いた後は夕食をとり、寮に戻った。
この日は金曜日なので、いつもの夜の点呼はない。
なぜなら私たち以外の先輩は既に警察学校を出て自宅に帰っており、警察学校に残っているのは私たち入校したばかりの初任科生しかいないからだ。
なので、本当にわずかではあるが時間に余裕があった。
実習日誌も書き終えた段階で、消灯時間までまだ30分くらいの時間が残っていた。
部屋で少しばかりくつろぎ、同じ部屋の者同士で会話をする時間もあった。
すると織田が「いつも申し訳ないっす。いやー、しんどいっす」と弱音を漏らした。
私からすると織田は憎めないキャラで、ミスが多いのは事実だが、どうも責めようとは思わなかった。
織田の弱音は初めて聞いたので、私は「最初だから色々大変だよね。もう少ししたら慣れるでしょ」とフォローをいれた。
しかし、織田は「俺ダメかもしんないっすね。なんか申し訳ないっす」と弱音を続けた。
少し気になる発言だったが、ここで消灯時間となり、各々自室に入って就寝した。
このときの織田の発言は誰にでもあるような愚痴だと思っていた。
これだけ過酷な生活環境なので、誰しもが弱音や愚痴を吐きたくなるのはわからなくもない。
ところが、意外な結末を迎えることとなるのはこのときまだ予感もしていなかった。
-続く-
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